折しも香港ではマスク着用でのデモ参加が禁止され、さらに抗議活動が激しさを増している最中のこの作品の公開、まさか香港がそんなことになるだろうと制作側も思ってもいなかっただろうけど。

ジョーカーはなぜジョーカーになったのか、この物語は、終始救われないし、結末といえば最狂の悪役の誕生。

舞台は1981年のゴッサムシティ、市の財政が悪化し、街にはネズミが大量発生、行政サービスも縮小され市民の不満は募るばかり。アーサーはピエロの格好で看板を持ち楽器店の閉店セールを宣伝しているが、悪ガキ達に看板を奪われしまいには路地裏でフルボッコにされる。家に帰れば母親の世話、自分も病気を抱え薬が手放せない。

アーサー役を演じているのはホアキン・フェニックス

     

背骨が浮き出るほど減量をしてジョーカーに挑んだ今作はアメコミ史上初のアカデミー賞受賞との呼び声も高い。

何がすごいって、笑ってるのに目元が笑ってない。脳の障害のせいで突然笑い出してしまう病気を抱えているので、大きい口を開け笑っているのにも関わらず、目元が悲哀に満ちている。

 

物語後半ジョーカーに覚醒した後の安堵の表情は大違い。

アーサーは降りかかる火の粉を全て暴力で解決し、悪行こそが正義として徐々にジョーカーになっていく。

ゴッサムに渦巻く上級国民への反感感情は、ご存知ウェイン社(後にバットマンとなるブルース・ウェインの父の会社)の酔っ払いリーマン三人組をピエロ姿のアーサーが射殺した事件が引き金となり暴動に発展していく、金持ちは殺されて当然と。

でもこれって映画の中だけの話じゃないよな、今は人を攻撃できるツールは手元にあって、対象の人物に大勢で心無いコメントを送りつける炎上は、自分たちが正義、だからちょっとでも社会通念から外れた行動をした者には言葉で傷つけても良い、それと大差ない気がする。

観終わってドッと疲れてしまって、なかなか席から立つのも大変だった。もし精神的に危うい状態でこんな映画観たら絶対あっち側へ行ってしまう、それくらいこの映画はエネルギーを持っていると思う。

疎外感や憎悪、誰もが自分の心の中でくすぶっているであろう感情に、この映画は火をつけてしまうかもしれない。

でも不思議とこの映画を見終えた後、清々しさすら感じたんだけど、なんでだろう。

ある映画との類似点

アーサーはあるきっかけから銃を手にし、凶行に及ぶんだけど、この流れってどこかマーティン・スコセッシ監督作品のタクシードライバーを彷彿とさせる。なんならロバート・デ・ニーロも出演してるし。

でもタクシードライバーの主人公は信念があって悪に突き進むのに対し、ジョーカーは自分の置かれた環境が作り上げたんじゃないかと。

自分は映画にも鮮度があると思ってて、その映画が作られた時代が作品に反映されてる場合があるんじゃないかと。数年前にタクシードライバーを見たんだけど、ベトナム戦争がもたらした当時のアメリカの空気感を理解しないと、タクシードライバーの面白さってなかなか理解できないんじゃないかと思ってて、もちろん疎外感という現代に通づる普遍的なテーマも織り込まれているんだけど、なんというかちょっと肌に合わない。誤解や反論を恐れず言うと古臭い。似た時代を描いたジョーカーなんだけど、ものすごく新鮮。

あくまで、個人的な感想ね。

音楽

今作ではシナトラやクリームなど、名曲の数々が作品を彩っていて、その曲たちを知っていると更に作品を楽しめるんだけど、更に注目したいのがスコアの方。

ヒドゥルグドナドッティル (Hildur Guðnadóttir)

アイスランドの女性チェリストで、先日視聴して衝撃を受けたドラマ「チェルノブイリ」のサウンドトラックも生み出していたんですね。

上映が始まって、今作の音楽が流れ出した瞬間、ダークナイトのスコアを担当したハンス・ジマーの2音しか使わなかったあの感じが頭をよぎったんだけど、もっと繊細でした。チェルノブイリといい、ジョーカーといい、これから彼女の名前を耳にする機会がどんどん増えそうな予感がします。

 

とにかく、アメコミファンも、そうじゃない人も、15歳以上の人はこの作品、見に行ってみてはどうでしょうか?